有田焼のまめ知識有田焼のまめ知識記事一覧 > 有田焼のまめ知識 | 万年筆(1)

有田焼のまめ知識 | 万年筆(1)

有田焼は伊万里焼とも呼ばれ、佐賀県有田町の周辺で焼かれている磁器です。有田の泉山で原料である鉱石が発見されて、日本で始めて磁器が焼かれたのは1616年、朝鮮人の陶工、李三平によるものと言われています。伊万里焼と呼ばれているのは、有田から約8Kmの距離にある伊万里港から積み出しが行われていたことによります。そして、有田が世界的な磁器の産地として急激に発展したのは、中国の明朝末期の内乱で景徳鎮などの磁器生産力が急激に落ちたこと、また江戸時代の鎖国政策を布いていた日本が、世界に向け唯一開港していた長崎の出島に近かったことによります。

素地が白いということも磁器の特徴として挙げられるでしょう。そのため、鮮やかな絵付けが非常に映えてきます。有田焼の素地は一般的に透き通るような純白が特徴とされますが、それには輸出の歴史が背景にあるそうです。有田焼は海外に盛んに輸出が行われたのですが、その際、貿易を行ったオランダ連合東インド会社の厳しい要求にこたえようと陶工が開発に開発を重ねた結果、完成したのが雪のように白い素地だったということです。






ご注意ください

  • 当サイト[有田焼のまめ知識]内に掲載されている文章・画像等の著作権は、サイト運営者に帰属しています。
  • 文章や画像等の無断転載、複製・配布等は固くお断りいたします。
  • このサイトに記載されている内容もしくは当サイトからのリンク先で発生した賠償・苦情・損害等のトラブルについては、何ら責任を負いませんのでご了承ください。